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第11回その後:相談者60代、対象者(母親)80代

順調な滑り出しだった母の呼び寄せ介護 その後の芹沢さんと母【第1話】

記事の発言・監修・ライター
「オヤノコト」編集部
坂口鈴香

20年ほど前に親を呼び寄せ、母を看取った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて考えるように。施設やそこで暮らす親世代、認知症、高齢の親と子どもの関係、終末期に関するブックレビューなどを執筆

前回の「オヤノコト」のリアルでは、東北地方から母親(88)を呼び寄せて自宅での介護をはじめた芹沢尚美さん(仮名・62)を紹介しました。「オヤノコト」編集部が感服するほど、在宅介護に向けての環境を整えていた芹沢さんと母親は、その後どんな生活を送っているのでしょうか。

母のデイケアの日は好きなことをする

呼び寄せ後の芹沢さんと母親の生活は、驚くほど順調でした。独立した子どもが使っていた部屋を母親の部屋にして、実家にいたころと似た環境に整えていました。芹沢さんが仕事の日は、母親は自宅で新聞やテレビを見ながらひとりで過ごします。芹沢さんの夫との関係も良好なようでした。

「母は、私や夫が出勤してからゆっくり朝食を摂って、あとは椅子につかまってリハビリの先生に教えてもらった簡単な体操をしたり、新聞を丹念に読んだりしているようです」

母親の様子が細かにわかるのも、部屋に遠隔カメラを取り付けているからです。芹沢さんは仕事の合間にスマホで母親の様子を見ているといいます。

「最初のうちは気になって、何度もトイレに行ってこっそりカメラの映像を確認していましたが、今は母もうちでの暮らしに慣れてきたので、カメラを確認する頻度は少なくなりました」

職場は自宅から近いので、昼休みには家に戻って母親と昼食を摂っています。そうでなければ、母親も芹沢さんも不安だっただろうと思っています。そして午後の仕事が終わると急いで帰って食事の支度。母親と食事をして、母親が寝る前にはベッドで母親の足のマッサージをして一日が終わります。

親孝行ぶりに頭が下がりますが、芹沢さんは「これまで離れていて何もできなかったから、それくらいなんともないし、私の満足のためでもあるんです」と言い切ります。

「ただ、母はそのたびに『ありがとう……』と涙ぐんで手を合わせるんです。だからかえって私の方が恐縮してしまうことになるんですが」

母親が寝るまでは、毎日大忙しですが、寝てしまえば自分の時間。そう大変だとは思わないと笑います。

芹沢さんの仕事が休みの日は、母親はデイケアに行きます。リハビリ病院が運営しているデイケアで、デイサービスとは違ってリハビリを中心に行う通所サービスです。芹沢さんは母親がいない日は、友人とのランチやショッピング、映画など自分の楽しみに使うことにしているといいます。

「母がデイケアから戻ってきたら、リフレッシュしてまた母に優しくできる、という感じですね」

母親もデイケアにはすぐに慣れたといいます。もともと朗らかな人で、友人も多かったそうですが、それでも東北地方から遠く離れた場所で、新しいデイケアになじむのはそう簡単だとは思えませんが。

「私もそれは心配していたのですが、案ずるより産むがやすしでした。デイケアには、母のように呼び寄せられてきた人や、同じ東北出身者がいたようで、似たような境遇同士、声をかけあって仲良くなったようです。コミュニケーション能力の高い女性はこんなとき助かりますね」

母に生活費の値上げをお願いした

順調すぎるくらい順調な呼び寄せ介護ですが、1点だけ“誤算”があったと芹沢さん。

「お金のことです。母は金銭感覚がまったく衰えてなくて、管理も自分でできています。お金を下ろすときだけ、私に頼むくらい。それで、当初は母には食費として毎月3万円もらうことにしていたのですが、母と同居したら光熱費がものすごくかかるようになったんです。物価高も影響しているのですが、それを差し引いてもかかっています。それで、正直に母に伝えて、毎月4万円もらいたいとお願いしました」

母は快諾してくれました。どちらかが我慢したり、無理したりすると同居はうまくいかないですからね。

もうひとつ、誤算というより、想像できていなかったな、と思うことがあるといいます。

「母は、時間はかかるもののトイレには自分で行けているのですが、間に合わないときがあるのでリハパン(リハビリパンツ)を使っています。1日に2回分くらいはリハパンにするのですが、それだけの尿を吸ったリハパンは、赤ん坊のおむつとは重さがまったく違うんですよ。だから、ゴミ出しの袋はびっくりするくらい重いです」

これこそまさに、キレイごとではない「実感」です。

(第2話に続きます)

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