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離れて暮らしている間に貯金も医療保険もゼロになっていた母が乳がんに。医療費の不安を抱えながらの治療を振り返る(第1話)

記事の発言・監修・ライター
大野ルミコ(Rumiko Ono)

雑誌、Web広告などを中心に幅広く活動中。現在、80代の母親と同居するリアル「オヤノコト」世代。聴こえの衰えや唐突に前後する会話に母親の“年齢”を実感しつつも「まだまだ元気そうだし…」と、趣味である野球観戦やライブ遠征に備え、食べるための「歯」・元気で過ごすための「足」の健康維持に励む日々。

今回は、番外編として「オヤノコト」スタッフの大橋優子(51歳)の母親の入院・手術と家族のお金についての体験談を紹介します。貯金も医療保険の契約もゼロという母親が乳がんに罹患。頼れるのは公的医療保険だけ…という不安な状況の中で、検査や入院、手術にかかる医療費をどう捻出し、負担したのか――今後、起こるかもしれないあなたのご家族の「万が一」に、参考にしていただけたらと思います。

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「なんか、胸にしこりがあるみたいなのよね」

唐突に母親から切り出されたのは2024年10月のこと。

仕事柄、乳がんや子宮頸がん、骨粗しょう症など、女性に多いがんや病気に関する記事を手がけ、医師から直接詳しい説明を受けるといった機会も多くもっていたこともあり、軽い気持ちで「どれどれ…」と母がいうしこりを触って……凍りつきました。以前、専門医から説明を受ける際に触らせてもらった「乳がんのサンプル」と、母の胸にあるものが全く同じ感触、固さだったから。

父の他界で初めて知った実家の「本当の台所事情」

わが家は姉も私も社会人になると早々に実家を出ていたので、父が他界するまで両親とは離れて暮らしていました。それまで母はずっと正社員として働いていましたし、父が定年退職を迎えた際には、それなりの額の退職金を受け取ったとも聞いていました。それに両親とも糖尿病で通院はしていたけれど、風邪すらほとんどひいたこともない。当然、親の保険のこと、お金のことなんて、考えたことも、心配したこともありませんでした。

ところが、本当に突然、父が他界し、「母を一人で生活させるのは…」と残された家族3人で同居することになって…びっくり!

浪費癖のひどかった父の管理が全くできていなかった実家の家計は大赤字。貯金も全く残されておらず、父が加入していたはずの医療保険・死亡保険もいつの間にかすべて解約済み。母にはなぜか、そこそこ高額な死亡保険がかけられていましたが、医療保険の契約は皆無だったのです。しかも母はすべて父親任せでこの事実を把握すらしていない。

――正直、愕然としました。持病もあり、これから年齢を重ねて病院にかかる機会も増えるのに、医療保険ひとつ入っていないなんて、これからどうなっていくのだろうかと。

慌てて60歳以上からでも契約できる医療保険を探しましたが、母親は糖尿病で治療も続けているため、引受基準緩和タイプしか選択肢がありません。しかもその当時すでに65歳。当然、十分と思われる額の保障を得ようとすると、通販型の保険でも軽く1万円を超える月額保険料を75歳まで払い続けなければなりません。当然、母からは「そんなに払えない」と拒否され、子(姉と私)も立て替える気にもならず、結局、「いざとなったらその時に考えよう」と保険加入を諦めてしまいました。

だから母のしこりを触った瞬間、まず思ったのは「とうとうこの時が来てしまった」ということ。母が入院・手術を要するような病気になったらどうしようという、ずっと心の隅にあった心配が「現実になってしまった」という気持ちでいっぱいでした。果たして私たち子どもはどのくらいの金額を負担することになるのだろうか…と。

いよいよ治療開始——日本の公的保険制度に感謝する日々

すぐに専門医での検査を予約しました。幸いにも都内でも有数の乳腺科クリニックでマンモグラフィーや超音波、組織検査などなど…本当にさまざまな精密検査を受けられることになったのです。母親は検査費用を心配して「こんなに高そうな病院じゃなくていい」と抵抗しましたが、正直、9割以上がんだろうと思っていたので「検査料金は私たちが払うから!」と押し通しました。

とはいえ、正直、(本当に申し訳ないのですが)姉も私も、常に「いくら用意しておけばいいのだろう」とお金の心配ばかりしていたように思います。母は病気が発覚した当初から「できる限り自分のお金で治療する」とは言っていたけれど、診断確定までにもクリニックに2、3回通院することになりますし、年金だけで治療費をまかなうことは難しいだろうと思っていましたので。でも、実際に検査を受けてお会計に進むと、毎回、想像よりもかなり請求額が安い! 考えてみれば、80歳を超える母親の医療費は1割負担。一部自己負担の検査を受けた時だけ6,000円近い金額が請求され、その時は私が支払いましたが、それ以外はほとんど1,000円~2,000円程度だったので、母親が「このくらいの金額なら…」とすべて自分で支払いました。正直、「こんなに検査をしてもらったのに、本当にこの金額でいいの?」と拍子抜けしたのを覚えています。この時ばかりは日本の公的医療保険制度に感謝しました。

入院・手術決定——不安は「高額療養費制度」が払拭してくれた

結局、さまざまな検査の結果、母の胸にあるしこりは悪性であり、手術で取り除くことが必要——であることがわかりました。ただ、発見が非常に早く、温存手術になること、入院も3日間程度と非常に短期間で済むといわれ一安心。それでも家族全員、やっぱり気になってしまうのは、入院・手術にかかるお金のこと。今まで健康で、周りに入院した人もいないので「相場」がわからないというのも不安に拍車をかけていました。

そんな中、入院直前のオリエンテーション(という名前の入院説明、面談)で、入院費等の相談ができると聞き、おそるおそる「退院時はだいたいどのくらいのお金を用意すればいいですか?」と質問。その時、説明されたのが「高額療養費制度」についてでした。

この制度は医療費の家計負担が重くならないよう、医療機関や薬局の窓口で支払う医療費が1ヶ月の上限額を超えた場合、その超えた分を支給するというもの。しかも80歳を超える母親は、年金額は比較的多めに支給されているものの住民税非課税なので、1ヶ月の医療費の自己負担限度額は24,600円(下表参照)。つまり、「入院費が高くなっても24,600円以上の請求になることはない。もしそれ以上の金額を一時的に支払ったとしても、後から戻ってくる」のだと。入院中の食事代や差額ベッド代などは適用外になるとはいえ、この制度の存在は私たち親子には非常に心強いものでした。説明を受けた時の母親の安堵した表情が今でも印象に残っています。

◆高額療養費制度の自己負担限度額(参考)

70歳以上の方の上限額(平成30年8月診療分から)

適用区分

 

ひと月の上限額(世帯ごと)

外来(個人ごと

現役並み 年収約1,160万円~
標報83万円以上/課税所得690万円以

252,600円+(医療費-842,000)✕1%

年収約770万円~約1,160万円
標報53万円以上/課税所得380万円以上

167,400円+(医療費-558,000)✕1%

年収約370万円~約770万円
標報28万円以上/課税所得145万円以上

80,100円+(医療費-267,000)✕1%

一般 年収156万~約370万円
標報26万円以下
課税所得145万円未満等

18,000円
(年14万4千円)

57,600円

住民税非課税等 Ⅱ住民税非課税世帯

8,000円

24,600円

Ⅰ住民税非課税世帯
(年金収入80万円以下など)

15,000円

結局、退院時には3日間の入院で食事代(差額ベッド代はなし)などもすべて含め、約6万円を支払うことになりました。でも、これも後日手続きをすれば、上限の24,600円を超えた分の医療費はすべて戻ってきます。また入院前の検査など、同じ月内に同じ病院へ通院した際に支払った医療費も合算して申請手続きできるので、ざっと計算しても5万円以上の支給を受けることができそうです。きっと母のように貯蓄も医療保険の加入もないという方も少なからずいると思いますが…そういう方にとっては非常にありがたい、利用すべき制度だといえます。

――こう振り返ると、治療前は心配ばかりしていましたが、「日本の医療保険制度にだいぶ助けてもらったな」という気持ちが強いです。もちろん、病院へ何度も通うための交通費だったり、入院のための準備のために買いそろえるものがあったり、もろもろのお金はかかりましたが、それによって姉や私の生活が苦しくなった…というほどではありません。

でもやっぱり「あれをやっておくべきだったな…」と後悔したことや、改めて考えさせられたこともありますので、それは次回にお話ししたいと思います。

(第2話に続きます)

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