40歳を過ぎたらオヤノコト

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親のために良かれと思って介護離職を選択した50代の女性。老後のマネーシミュレーションの結果は95歳で貯金は底をつくことに

記事の発言・監修・ライター
「オヤノコト」パートナー相談員 ファイナンシャル・プランナー 村井英一(むらい えいいち)

家族の生活設計の相談を多く受けている。介護の費用について詳しく、老後の生活資金についてのシミュレーション分析を得意としている。CFP、FP技能士1級

親が高齢になると、子どもにとって心配なのが親の介護。
親の介護が必要になった際に、仕事と介護、そして自分の生活をどう両立していくかは悩ましい問題です。なかには親の介護のために仕事を辞めてしまう「介護離職」を選択する人も少なくありません。
総務省の「令和4年度就業構造基本調査」によると、6年前の平成29年10月以降に「介護・看護のため」に離職した人は約47.4万人います。そのうち40代は6.0万人、50代は13.5万人と少ない数ではありません。政府も「仕事と介護の両立支援」としてさまざまな施策を打ち出していますが、簡単に解決する問題ではありません。

母親と二人暮らし。母の介護に専念するために仕事を辞めようかと・・・

50歳で会社員である佐藤恵子さん(仮名)が、私にご相談に来られたのも、親の介護が心配だという理由からでした。
「母はだんだん足腰が衰えてきて、一人での外出が難しくなってきました。いずれ母親の介護のために仕事を辞めた方がいいのかなと思うのですが、退職してもやっていけるでしょうか?」

聞けば、父親は既に亡くなり、現在は母親と二人暮らしです。一人っ子の佐藤さんはきょうだいに頼ることはできません。いずれは自分が母親の介護をしなければならないと考えています。十分な介護をするために、数年後には仕事を辞めて母親の介護に専念しようかと思い、資金的に問題がないか、私にご相談に来られました。

「親孝行ですね。でも仕事を辞めると、佐藤さんご自身の収入がなくなります。お母様の介護が終わったら、どうされるおつもりですか?」
「う~ん、そこまではまだ考えていません。年齢的にその頃は就職が難しくなると思います。それでも何とかなるか、診断して欲しいのですが。」私は家計の状況を伺い、佐藤さんが仕事を辞めてお母様の介護に専念した場合と、お母様に有料老人ホームに入居してもらい、ご自身は仕事を続けた場合のシミュレーションを作成しました。

93歳で貯金は底をつき、100歳で1000万円不足するという、マネーシミュレーションの結果

<共通の前提条件>

  • 母親の年金は、夫の遺族年金を含めて年額200万円
  • 佐藤さんの給与収入は手取り額で400万円。定年まで年2%の上昇
  • 現在の生活費は年額300万円
  • お母様がご自宅にいる間は、生活費と住居費は二人で折半
  • 母親は現在80歳。100歳まで生きるものとする
  • 母親は、現在は要介護1。5年後の85歳に要介護2、10年後の90歳に要介護3、95歳に要介護4になるものとする(※)
  • 現在のお母様の貯蓄額は1,000万円、佐藤様の貯蓄額は500万円
  • 佐藤さん100歳までのシミュレーションを作成
  • 佐藤さんは85歳で自宅を売却(売却収入1,000万円)し、有料老人ホームに入居(入居一時金800万円、月額費用20万円)
  • 佐藤さんは85歳に要介護2、10年後の90歳に要介護3、95歳に要介護4になるものとする(※)

※厚生労働省「令和3年介護保険事業状況報告(年報)」の「第1号被保険者の状況」より傾向を算出し、平均で5年間に要介護度が1段階上昇するものとした

<① 5年後に佐藤さんが仕事を辞めて介護に専念した場合>

  • 5年後に今の仕事を退職。退職金は約1,300万円
  • 介護費用は、介護保険サービス利用の際の自己負担分のみ
  • 佐藤さんの老後の年金額は180万円

佐藤さんが仕事を辞めてお母様の介護に専念すると、お母様の貯蓄の減少は抑えられますが、佐藤さんの貯蓄が大きく減少します。お母様が亡くなられた際にはお母様の貯蓄を相続しますが、それでも佐藤さんが93歳の時に貯蓄が底をつき、100歳の時点では約1,000万円が不足します。

<② 母親は有料老人ホームに入居し、佐藤さんは仕事を続ける場合

  • 5年後に有料老人ホームへ入居。入居一時金800万円、月額費用20万円
  • お母様の入居費用の一部として、月額6万円を佐藤さんが支出
  • 佐藤さんは60歳で定年となり、65歳になるまで再雇用。退職金は約1,400万円
  • 佐藤さんの老後の年金額は200万円

一方、お母様に有料老人ホームに入居していただき、佐藤さんは仕事を継続した場合は、お母様の貯蓄が不足します。お母様がホームに入居している間、佐藤さんは毎月、入居費用の一部として6万円を援助する必要があります。さらにお母様からの相続は期待できません。しかし、佐藤さん自身は老後に備えて十分な貯蓄を作ることができ、100歳の時点での貯蓄額は約1,900万円となります。このぐらいの貯蓄があれば、予想外の出費が生じたり、さらに長生きしても資金不足になる心配はないでしょう。

「今」の暮らしではなく、親の介護が終わったときの自分の老後のお金のことを考える

「母が老人ホームに入居している間、私が援助をしたとしても、その方が私の老後に余裕があるのですね」

佐藤さんはシミュレーションの結果に驚きました。有料老人ホームに入ると費用がかかり、佐藤さんご自身の将来の状況も厳しいものになると思っていたのです。
確かに有料老人ホームは、入居時に入居一時金、その後は月額費用がかかります。料金は施設によってかなり違いますので、一概には言えませんが、ここで挙げたケースも特別に費用が安いところではありません。佐藤さん親子の場合も、お母様の貯蓄が不足して、佐藤様が援助をする必要が生じます。
しかし、それよりも佐藤さんご自身が離職してしまうと、収入がなくなってしまうということが大きく将来に影響します。

介護の期間は限られますが、いったん仕事を辞めるとその後の収入も失うことになります。親の介護が終わった後に再就職しようと思っても、すでにそれまでのキャリアが途切れていますので、希望の仕事につくのは難しいのが現状です。
冒頭にご紹介した「令和4年度就業構造基本調査」によると、「介護・看護のため」に離職した人のうち、現在(令和4年10月時点)も無職なのは、40代で47.8%、50代で63.0%、60代で78.4%となっています。(「令和4年度就業構造基本調査」掲載データより筆者算出)まだ介護が続いている人や就職を希望していない人も含まれていますが、介護後の再就職が難しい現状を示しています。

早くに退職してしまうと、その後の給与収入がなくなるだけでなく、退職金も減少しますし、老後に受け取る厚生年金の金額も少なくなります。つまり、退職した時だけなく、老後の収入も少なくなるのです。その結果、親の老後のうちは資金が足りていたとしても、ご本人(子)の老後が危うくなってしまいます。

親孝行をしようと、ご自身が無理をしても、結果的にご本人の生活が成り立たないようであれば、親御さんもご心配されると思います。それよりも、お母様が安心して生活できる、質の良いホームを探して、入居していただくことで、親も子も安心できるのではないでしょうか。

親の介護で仕事を辞めることは、その時は親孝行のようにも思えますが、親の介護が終わった後にどうするか、ということも含めて考えると、けっして良い選択とは言えません。仕事を辞めずに親の介護をしていくために、さまざまな選択肢を検討することが大切です。

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